すみずみまでおれで満たす



 すげえ、いい、と、イヴァンは悲しそうな顔で言った。なぜ悲しそうな顔をするのか、おれにはわからない。そしてそれに、かまっている余裕もない。おれはもう欲のかたまりでしかなく、ただただ、のぼりつめるために、目の前の男をなぶっている。
「どこがいいんだ」
 耳元にくちびるをよせ、そう聞いてみた。イヴァンはもはや、泣きべそをかいている。まっかな顔をして、しゃくりあげ、おれにしがみつき、あえいでいるのか、おえつをあげているのか、よくわからない、荒い息づかいで、
「おまえと、つながってるとこ、が、いい、」
と、たどたどしく言った。
 なんどか腰をうちつけると、イヴァンは息をつめ、体中をこわばらせて、あっけなく射精した。泣きべそどころではない、号泣しながら、自分が出したものを、てのひらですくい、どうしていいのかわからない様子で、おれの目を見る。
 おれはイヴァンの涙をなめとり、ほおと、鼻のあたまにキスをした。イヴァンは小さくあえぐ。おれがまた腰を進めると、目をかたく瞑って体を反らし、のどをふるわせた。その首すじに、かみつくように口づけると、イヴァンはおれの頭を抱え込み、髪にゆびをつっこんで、また泣きだした。
「ル、キーノ、もう、むり、わけわかんね、」
「どうしちまったんだろうなあ、おまえ」
 面白がるようにそう言いながら、容赦はせずにせめたてる。おれもようやく射精して、一息つくころには、イヴァンは力なく身を投げだし、茫洋とした顔つきで天井を見つめていた。
「だいじょうぶか?」
「……気づかうのが、おせえよ、」
 イヴァンは枯れた声でそう言った。せわしなく胸を上下させながら、おれの顔を見る。
「ったく、……力はいんね…」
「そりゃあんだけよがったら、疲れるだろ」
 おれの言葉に、イヴァンは弱々しく舌打ちした。おれはイヴァンの顔をのぞきこみ、親指で、目のふちをなぞった。
 イヴァンはしばらく黙ってそれを受け入れていたが、とうとつに、億劫そうに体をおこし、おれの首にうでを絡めて抱きついた。おれを絞め殺したいのではないかと思うほど強い力でおれにしがみついている。
 感傷的になっているのだ。イヴァンはかわいい、おれにセンチメンタルな思いを起こさせる程度には。
 おれは手を伸ばし、よしよしと宥めるように背中をなでる。するとイヴァンはおれの肩につっぷして、
「気休めなんていらねえ」
と怒った口調で言った。態度の豹変に驚くおれに、止めを刺すように、イヴァンはおれの耳元に唇を寄せる。
「おれはおまえがほしい」
 鋭い言葉だった。おれは完全に見くびっていた、この男を。イヴァンの唇がおれの肩を吸い、イヴァンの目がおれを射すくめる。
「なあ――欲なんてもんは、底なし沼だろ、おれはおまえにはまっちまったんだ」
「……なかなか言うねえ、イヴァン」
「何でも言うぜ、おれは、生娘じゃねえからなァ」
 そうしておれを求め不敵に笑うイヴァンと、悦楽の前に処女のように怯えて泣いていたイヴァン、どっちがこいつの本性なのだろう。そんなことは、おれの知ったことではない。おれはただ、おれを挑発し、煽るこの男を、もういちどはじめから、屈服し、支配しなおすだけだ。快楽をもってして、体を蹂躙し、心を犯し、穿って突いて抉って捻って、すみずみまでおれで満たす、その喜びはなににも代えがたいのだ、残酷なことに。


おしまい

2010年6月18日 保田のら