乙女式思考回路


 宮地の目ときたら、きらきらひかって、まるで恋する乙女のようで、ほんとうにたちが悪い。おれがよく口にするような、軽口や冗談を、ときどき真剣に受け取っては、そうやって目の奥に星をちりばめる。
「宮地、おまえ、ちょっときもちわるいぞ…」
 おれが親切にそう教えてやると、宮地は顔を赤くして怒り、
「だれが先に言い出したんだ、」
なんていって、ふいっとそっぽを向いたりする。そうやって冗談のように話をまとめておいて、その実、しゅんとなっておれの次の言葉を待っているあたり、本当に、なんだかなあ、と思ってしまう。

 合宿の夜、宮地が急に、眠れないと言い出した。最初、おれに話しかけているとは思わず、おれは誰かが返事するのを待っていた。だが聞こえてくるのは寝息だけ。まさか起きているのはおれだけか、と気づいた瞬間、
「犬飼、寝たのか」
と、話しかけられた。
「いんや、まだ、起きてるよ」
 おれは小さな声で言った。宮地はそうか、と嬉しそうに言った。それからもう一度、淡々と口を開く。
「眠れないんだ。なにか、面白いことをしてくれ」
「み…宮地…おまえ、なかなか難しいこと言ってくれるなー」
「なんでもいい。…そうだ、」
 宮地が布団の中で動いて、頭をこちらに寄せる。声はますますひっそりしたものになる。
「神話がいい。おまえのよく知っている話を聞かせてくれ」
「ええ……?」
 おれは顔をしかめた。だって、合宿の夜、何が悲しくて部活の同期に神話なんて聞かせなきゃいけないんだ。いくらなんでも寒すぎるだろう、そんな展開は。
 おれが渋っていると、
「早く話してくれ。眠くなってくる」
と宮地が言った。それで結果オーライじゃねーか!と、突っ込めないなにかが宮地の声音にはあった。おれは耳が熱くなるのをこらえながら、ぽつ、ぽつ、と、ちょうど一学期の終わりに講義でやった、星座にまつわる神話の話をしてやった。話が終わるころ、宮地はすっかり眠っていた。おれだけが、眠りの世界から疎外され、ひとりぽつんと目を開けている。
「なんだ、この展開」
 おれはおれに突っ込みを入れる。もちろん答えてくれるやつは居ない。

 後日、図書館で宮地に会った。宮地は分厚い本数冊を借りたところだった。ちなみにおれは、課題のために借りた本を返しに来ていた。
「よー、宮地。ずいぶんたくさん借りたんだなー」
「ああ、まあな」
 宮地はすこし照れ臭そうだった。なぜ照れる?おれは鼻がむずむずしたが、突っ込むことさえ面倒くさくてスルーする。一方の宮地は、少しためらうように背表紙を見て、不意に顔を上げた。
「おまえが。…前に話してくれた神話が、おもしろかったから、…少し、関連した本を借りてみた、」
「えっ」
 おれは目を丸くした。宮地は照れ隠しなのか、眉根にしわを寄せ、目線を逸らして口を開く。
「お、おれの専科にも関係があるから、その、もともと興味はあったんだ」
 だからーなにを必死になってるんだよ宮地。
 おれは少し疲れた心持で、うん、うん、と頷いた。宮地はあからさまにむっとする。
「なんだ。何が言いたい」
「いんや、別にー」
「……もういい。返してくる」
「え!?」
 おれは思わず顔を上げた。宮地をそこまで怒らせてしまったか?しかし、目が合った宮地の表情は、けっして険しくなかった。むしろ、はにかんだような、幼い表情で、おれを見つめていた。
 不覚にも、その顔から目が離せなくなる。
 宮地は口を開いた。
「そのかわり、また……、お前がおれに話して聞かせてくれればいい、」
 そう、言うのだった。
 おれは、あああああああもう!と、叫びたいのを必死でこらえた。叫びたい衝動は抑えたが、顔が、いっぺんに熱くなるのだけはどうしても抑えられなかった。
 おれの顔は赤い。
 それを見つめる宮地は照れ臭そうにしている。
 なんだ、
 この、
 ラブコメなノリ!
 おれはうんざりした、うんざりしながらも、やはり宮地から目を離せない、のだった、心底不本意だけれども。


おしまい

2010年5月18日 保田のら